「光と闇」の両方があるから成長できる

普段あまり意識することはないと思いますが、この世界は2つが対になって出来ています。
「プラスとマイナス」「高いと低い」「こちらとあちら」「私と他人」「光と闇」などなど・・・。
例えば、何もかもが全部同じ大きさだったら「大きい」も「小さい」もありません。
私たちが「私」を意識するときには、必ず「他の人」あるいは「私以外」との対比としての「私」です。
「不幸」があるから「幸せ」を感じることができます。
「悪いやつ」がいるからこそ「正義の味方」が成り立ちます。
「醜い」ものがあるから「美しい」と思えるのです。

だから、どちらか一方だけを否定することはできません。
だから、どちらか一方だけを追い求めることもできません。

また私たちは、どちらか一方だけを経験し続けることもできません。
幸せが続けばその幸福感は薄れてきますし、逆にほんの些細なことでも不幸を感じるようになります。
そしてその逆もまた、往々にして起こりえます。
私たちは生きている限り、必ずその両方を経験することになるのです。
「美しい」と思える感情もあれば「醜い」感情も経験します。
「心地良い」体験もすれば「辛い」体験もします。

対になっているその両方を経験するからこそ、私たちはいろいろな経験をして成長できるともいえます。
またその両方は、時間が経てばどちらも貴重な経験になることは間違いありません。

どんな経験にも感謝して、その全部を成長の糧としたいものです。

*瞑想方法『「光と闇」の瞑想』はこちらです

カテゴリー: 空と音と時の話